崖の上のポニョ


「崖の上のポニョ」   宮崎駿 (監督) 2008年

評価: 32点(100点満点中)


 この映画は、ご存じのとおり、宮崎駿の映画である。
 最近の宮崎映画は、ストーリーが破たんをきたしているものが多い。「ハウルの動く城」を見た後は、あまりの支離滅裂さに、見てから数ヶ月間、怒りがおさまらなかった。「ゲド戦記」に至っては、評判を聞くだけで、かなりむちゃくちゃである感じが伝わってくるので、怒りがわくのを未然に防ぐため、見るのを控えている。
 だが、ポニョは、子供向け映画である。であれば、さすがに、単純明快なストーリーでわかりやすいはずだし、不満を持つこともないだろうと思い、もしかしたら、「となりのトトロ」並みの名作かもしれないとも期待して見てみることにしたのである。

 ところが、期待は見事に裏切られた。
 この映画のストーリーも、全くおかしいところが満載なのだ。見終わって、唖然としてしまった。

 まず、映画においては、そこがどういう世界で、その世界では何が普通のことで、何が普通でないことなのかという世界観の規定は非常に大事である。むしろ、大事というより、基本的な、必要不可欠な情報である。
 例えば、推理ものや刑事もの、裁判ものの映画で、人が宙に浮かんだりしたらたいへんなことだが、ロード・オブ・ザ・リングで、恐ろしいモンスターが出てきても、そこはそういう世界なのだから、そうしたモンスターたちは単なる退治する対象であるだけで、そんな生物が存在していることに対して人々は驚いたりはしないし、そうした生物の調査を行うために学術調査機関の専門家を送り込んだりすることもない。「ET」では、地球外生命体としてのETの存在は、地球人にとって、全く不可思議な異質の存在で、地球人からすれば驚きの対象であるが、「スタートレック」においては、地球の人々も、他の星の人々と普通に一緒に仕事をしており、彼らの存在に対していちいち驚いたりはしない。こうした前提を、見る者がすぐ理解できるように普通の映画は作られている。
 だが、この映画では、この映画の世界の前提がどうなっているのか、さっぱりわからないのだ。この世界で人面魚が不思議なことなのか普通のことなのかもわからない。この映画の世界では、人面魚が、普通のことでもないようにも思えるのだが、人面魚を見たり、魚が人間になったりしても、登場人物の大人たちも大して驚いていない。この世界が最初から魔法の世界だとか、意味不明な生物たちがたくさん住んでいる世界であるなどというのであればいいのだが、そうでもないようなのに、どうして、人々は、不自然なことが起こりまくっているのに、平然としているのだろうか?こうした登場人物たちの行動を目の当たりにして、映画を見る者は、混乱するばかりなのである。

 そして、この映画を見ていると、どう考えてもおかしな点がたくさんある。

 例えば、海が荒れ狂っている中、リサが車を運転して家に帰るシーンがある。 その時、リサは、波にさらわれる危険がある水の浸かった道路に、波にさらわれるかもしれないのを大して気にもせずに、わざわざ突っ込んでいく。 家に、絶対に救わねばならない人が取り残されているなど、家に帰らなければならない緊急の用件があるなら、命をかけてそうすればいいが、別にさしたる理由があるようにも見えない。なのに、どうしてそんな危険な道路に突っ込んでいくのだろうか?これで一家が命を失ったりしたら、現実社会なら責任問題にもなるだろうし、そんな無謀な行為をわざわざしたなどということが発覚すれば、そんなことをすると判断した責任を厳しく問われるだろう。それどころか、いったいどういう精神状態でそんなことをしたのか、残された重大な謎としてその解明が行われる事態になるであろう。そして、週刊誌各紙も、不可解なこの事故をこぞってとりあげ、電車の宙吊り広告では、この事故における母親の行動に対して、過激な見出しが躍ることになるかもしれない。

 嵐が来て、家が波にのまれそうになっているのに、リサが子どもだけ家に残して出かけてしまうシーンもある。子どもが波にさらわれても、リサは困らないのだろうか。アメリカなら法律違反に問われかねない。いや、もしかして、家が波にのまれそうだと思う観客が間違っていて、どんなに海が荒れ狂って波が押し寄せそうになっていても、実はリサの家は安心・安全で、家は絶対に波にのまれたりしないということを、リサは知っているのだろうか?全く不可解である。

 洪水が来て町全体が海に沈むシーンがある。映画に出てくる町の人々が、いくら鈍感でおかしな人たちでも、大洪水で自分たちの命にも関わると共に、家などが水につかり、財産が危機にひんしていれば、慌てふためくはずである。だが人々はなんだかのんびりとしているだけで、あまりにも危機感がない。そうした人々の精神がどうなっているのかも意味不明だし、そうなってくると、こうした洪水は、我々の世界における、ちょっと雨の強い日ぐらいのことで、別に何の問題もない出来事のようにも思えてきて、わけがわからなくなる。

 気になった点は他にもある。 一般的に、川の魚は海の水の中に入れられれば死んでしまうし、海の魚は、普通、真水では生きられない。 海の生物であるポニョの入っているバケツの中に宗介が真水を入れた時、自分は、ポニョが死んじゃう!と思ったのだが、ポニョは死ぬどころか、中を悠々と泳いでいた。こんなにも見ている人たちの常識が通じないと、見ていて困ってしまう。 見ている者の常識を覆すという意味では斬新なのかもしれないが、例えば、サスペンスにおいて、凶悪な殺人犯が善良な主人公を狙っていて、主人公を刺したとする。 見ている人々は、そこで衝撃的な気分になるわけだが、そこで主人公が生き生きとした表情で踊りだしたりしたら、見る者は困惑し、どう思っていいかわからない状況におかれるだろう。 それに、こんなシーンを子供に見せたら、子供が、海で捕まえてきた生きた魚を水槽に入れ、いきなり真水を注いだりすることも起きるかもしれず、子供の科学教育にとってもよくないだろう。

 また、この映画では、映画の中で起きていることに対して、何にも説明がされておらず、 多くのことが全く意味不明なのである。

     
  • フジモトが何をしているかもわからない。なんで古代魚が泳いでいるかもわからない。
  •  
  • ポニョとフジモトの関係もわからないし、どんな経緯で、ポニョのような人面魚が生まれたのかもわからない。
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  • ポニョが人間になるために、何が条件なのかも視聴者には何も伝えられず話が進んでいくので、感情移入もできない。
  •  
  • 宗介が世界を救ったって一体どういうことか?
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  • ....

 ここまでくると、もはや、最近の宮崎監督は、映画の中の個々のシーンが好きなだけで、ストーリーはどうでもいいのだと考えているのだとしか思えない。
 だが、一般常識を持つ多くの普通の人間にとって、ストーリーは非常に大切である。
 こういうことを書くと、何を小難しいことを書いているのか、そんな難しいことをいちいち要求するのは映画を作る人に対して負担になってしまう、と思う人もいるかもしれない。 だが、ストーリーの整合をとるというのは、何も難しいことではなく、おそらくかなり簡単なことだと思う。 常識的に考えて疑問を持たれそうな部分があるのなら、そうした部分について、ただ、ちょっと納得できるような説明を入れればいいのだ。上の例でいえば、命をかけても家に帰らなければならない理由を説明すればいいのだし、子供たちをどうしても家に残さなければならない理由があるなら、それを説明すればいい。ポニョの入ったバケツに真水を入れる前に、塩を持ってきて入れるシーンを1秒だけ入れればいい。それをわざわざしないまま、視聴者に混乱をもたらしているということに怒りを感じる。

 また、ストーリーの破たんのみではなく、映画のメッセージ性もほとんどないように思える。  海にゴミがたくさんあるシーンや、底引き網のシーンなどは、監督の、文明に対する批判的視点を暗示しており、そこをもう少し強く打ち出せば映画のメッセージともなりえたかもしれない。しかし、この程度の描き方では、それは映画のメッセージとは言えないだろう。

 子供向けだからストーリはどうでもいいということはない。ストーリーが実にしっかりした、「ドラえもん」というすばらしい子供向け映画もある。話の流れや登場人物の反応が支離滅裂では、感情移入しようもない。理屈をこねずに、純粋な心で持ち素直に見ればいいのだ、という人もいるかもしれないが、純粋に素直に見ればこそ、素直に流れていかないストーリーにわけがわかならくなるのであり、そのつじつま合わせをするには、見ている人たち個人個人が、相当強引な理屈をわざわざ考えださねばならない。

 この映画では、波の表現などを含め、独創性は高く、海の中の描写や、古代魚が泳いでいるシーンなどは、とてもきれいだと思う。
 ストーリーさえよければ、映画の評価が非常に高まるかもしれないのに、かなりもったいない。

 一般的な思考力を持った人なら、誰でも、ストーリーに不可解なところだらけのこの映画を見れば混乱に陥るだろう。宮崎駿も当然、こうしたストーリーの破たんはわかっているはずである。また、万が一宮崎駿がそれをわかっていないとしても、ジブリのスタッフたちは、十分それが理解できるはずである。この映画も含め、最近の宮崎映画について、スタッフたちは、宮崎駿に対して、ストーリーの破たんを改善すべきであると、ぜひとも進言してほしい。宮崎映画の評価をこれ以上下げないためにも、ぜひともお願いしたい。

(完)

光太
公開 2011年4月20日

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