ゲド戦記 (2)



これは(2)です。ゲド戦記 (1)から読むのをおすすめします。



 ただし、二つほど、不満な点があった。

 一つは、最後の方で、「真の名」がどうのこうの、という展開が出てくる。しかし、「真の名」を言うことが、なぜそんなに大切なのか、またそれが何を意味するのか、ほとんどわからなかった。
 元々のゲド戦記にもそうしたモチーフは出てくるのかもしれず、それには深い意味があるのかもしれないが、映画ではその背景も詳しく描かれていない。これは映画として大いに失点に値する。また、「千と千尋の神隠し」を見たことのある人には、安易な二番煎じのように受け取られたのではないかと思う。

 そして、次の点は、おそらく、かなり重要な点である。

 それは、主人公が、最初に、主人公の国の王である父親を殺したことに関するものである。

 例えば、この父親が、悪い父親で、民衆から搾取していた、などというのであれば、主人公が父親を殺すのはいい。子供ながらに父のその行為を憎み、正義感に基づいて父親を殺すなら何の問題もない。殺すことに十分な意味がある。だが、少なくとも映画の中では、王である父親は、国のことをよく考えている、比較的よい王に思えた。なぜ、よい王を殺したのだろうか?
 また、仮に父親がいい王であったとしても、父親とこの主人公の、そこに至るまでのいろいろな葛藤が描かれていれば、それでもいい。父親が立派でも、思春期特有の親子の衝突というものはありえよう。その不安定な感情から、ふとしたことで父親を殺してしまった、というのであればそれでもいい。
 だが、全くそんなことは描かれておらず、いきなり、父親を暗殺するのである。
 この重要な事件の背景について、映画の中で何も描かれていないのである。

 唯一、関連して触れられているのは、少女テルーと主人公との会話の中のただ一言である。
 主人公は映画の冒頭、少女を守るために、人を殺したが、それは感情がコントロールできなくなることがあるからであり、父親を殺してしまったのもそうだったという趣旨のことを、たった一言だけ述べたことである。

 だが、これだけでは、全く不十分である。父親を殺したのは感情の暴発であったというのはいいとして、その背景に何があったのかを主人公にもう少し語らせるか、他の何らかの方法で少しでも描くべきであろう。

 しかも、この映画のキャッチコピーの一つは、「父さえいなければ、生きられると思った。」であり、ブルーレイディスク発売の時のキャッチコピーは、「父と闘う17歳。」である。
 ただ、父親を殺したシーンが最初に描かれて、他は一切そのことについて触れられていないこの映画の、どこが、父との闘いや葛藤を描いたものなのであろうか?

 キャッチコピーがそもそもおかしい。

 こんなキャッチコピーを見たら、エディプスコンプレックスの本質をまさに突くような奥深い内容が描かれているのかと期待してこの映画を見る人もいるだろう(個人的には、エディプスコンプレックスは、フロイトの単なる妄想で、全く論じるに値しない虚偽の概念だと思うが...。ついでながら、これを、宮崎吾朗と宮崎駿の父子の関係だと解釈する人もいるが、そうした解釈は、全く意味がない。こういった解釈は、ありふれた、パターン化された安易な解釈であり、単純なアナロジーに基づく、実に一方的な想像にすぎない。宮崎吾朗自身がはっきりとそう述べたのなら別だが、そうでない限り、そんな解釈をしても、立証のしようもないからである。本当に全く関係ないかもしれないのに、それをどうやって立証できるのだろうか?えせ心理学、えせ精神分析が好きな人たちはこういう解釈めいたことを述べることで、あたかも自分自身が、表層から深い内面を読み取れるような深い洞察力があるかのように思って悦に入る傾向があるが、ばかばかしい限りである。それは単なる妄想にすぎない。ある人が上りのエスカレーターを駆け上がっていくのを見て、この人は、今、人生に希望を持って前向きに生きようとしているに違いない、などと妄想するのとほとんど差はない。どちらも第三者の勝手な妄想であり、その可能性もなくはないかもしれないが、そうでない可能性も大いにあり、本人がそうだといわない限り、そんなことを一方的に勝手に主張しても無意味だからである。)。

   話を戻すが、いずれにしても、紛らわしいキャッチコピーをつけて、あたかも深みのある作品に思わせようなどというのは、一般の人を馬鹿にしたやり方だろう。
 そういうことは、やめてもらいたい。

 ...というわけで、この点は非常に不満が残ったが、それでも、「ハウルの動く城」や「崖の上のポニョ」などに比べたら、はるかに怒りの少ない、まともな映画だと思った。
 「ハウルの動く城」や「崖の上のポニョ」について、そんなに悪かったかなあ?と思う人は、ぜひそちらの評論も読んでほしい。


(完)

光太
公開 2012年1月7日

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