半沢直樹 (2)



これは(2)です。「半沢直樹 (1)」から読むのをおすすめします。



○ 最初、ドラマを見ていなかった理由

 自分は、最初は、このドラマを見ていなかった。テレビ欄では見ていたので、このドラマが始まったことは知っていたが、それほど魅力を感じなかったためである。

 まず第一に、堺雅人があまり好きではなかった。「官僚たちの夏」における、あまりにもわざとらしい演技が、見ていて非常に不愉快だったのが大きい。演じている人物がそういう性格に設定されていたのだとは思うが、それにしても、演技のわざとらしさが度を過ぎていて非常に不自然だったのである。

 また、第二には、このタイトルのせいである。氏名がそのままタイトルだと、それが既に有名なものでない限りは、そのドラマのおもしろさは、タイトルからは全くわからない。「古畑任三郎」や「斉藤さん」や「半沢直樹」から、そのドラマの中身は全く想像だにできないわけである。
 古畑任三郎さんは新聞記者かもしれないし、斉藤さんは力士かもしれないし、半沢直樹さんは、農夫かもしれないのである。

 そういった理由で、自分はこのドラマを見ていなかった(2点目については、今後は、「半沢直樹」と聞けば、むしろ、即座にわくわくすることになろうが...。)。だが、視聴率の高さを知って、慌てて見始めたのである。

 そうしたところ、想像を遙かに超えるおもしろさだった。
 そのまま見ないでいたら、人生に大きな悔いを残すことになっただろう。

 ちょっと話がずれるが、あるドラマが話題になり、それが非常におもしろいものであることがわかった時、ドラマは既に第4話くらいまで進んでいることも多い。そのときには、既に、第3話までは放送済みである。一般的に、そういう場合、それまでの話はもう見ることはできない。だから、途中でおもしろさを知った場合などは、すごく残念な気分になる。
 そのため、おもしろいことが途中でわかったとしても、最初の重要な部分を見逃してしまったから...、という理由で、その後の話を見るのをあきらめてしまうことも多い。
 多くの人が経験することだろうが、これはなんとかならないものだろうか?テレビ局も、最初の3話くらいまでは、集中的に何度か再放送してもらえないだろうか?そうすれば、それ以降の回の視聴率はより上がると思うのだが、どうだろうか?


○ 倍返し!

 さて、本題である。

   このドラマの優れたところは、まず、専門的で硬派な内容を扱っているストーリーである。原作の池井戸潤は、過去に、旧三菱銀行に勤めており、銀行に関する豊富な知識があるからこそ描けた内容だと言えるだろう。
 それでいて、圧倒的なおもしろさで人々を引き込む。これは、「華麗なる一族」や、名作「白い巨塔」をも彷彿とさせる。日本で超高視聴率をとるドラマには、こうした社会性のあるドラマも多い(「家政婦のミタ」など、社会性のないドラマが高視聴率をとることももちろんある。)。こうしたドラマが高視聴率をとるということは、一般の人々の知的レベルの高さを表しているとも言えると思う。実にけっこうなことである。

 そして、このドラマのすばらしいところは、何と言っても、半沢直樹が、結局は、悪い奴らをギャフンと言わせるところである。
 ドラマの中には、不満な気持ちが残るものもある。
 最悪なのは、結局は悪い奴らが逃げ仰せる、悪い奴らはしたたかであった、といったものである。自分はそういうドラマは大嫌いである。やはり、悪は最後にはやっつけられるというストーリーが自分は好きである。
 一方、一応勧善懲悪ではあるが、主人公の行動があまりに善人すぎて、ちょっと不満を覚えるようなドラマも多い。ほぼすべてのドラマにおいて、忍耐強く、善人過ぎる主人公が一般的である。  誰かにひどいことをされたとしても、恨みを持ち続けることはいいことではない、とされることが多い。だが、それは、人間の本質に反しているだろう。「罪を憎んで人を憎まず」は、実際にはありえないだろう。ひどいことをした人々は、憎まれて当然だと自分は思う。

 一方、このドラマの半沢は、やられたことは恨み続け、悪い奴らを徹底的にやっつけてくれる。見ていて爽快きわまりない。
 大和田常務も、岸川も、小木曽人事部次長も、小里課長代理も、浅野支店長も、東田社長も、みんな、ひどいことをした。自らの利益のために、他人を陥れたり、立場が上なのをいいことに人をいじめたり...。そんな奴らは、当然その悪事の報いを受けるべきである。
 だから、このくらい徹底的にやってくれると、本当にスカッとする。
 ああいう悪い奴らは、当然、そのくらいの罰は受けて当然である。彼らのやってきたことを考えれば、容赦などする必要はない、と自分は思う。

 自分は、こんなドラマを待っていた。

 それに、「やられたらやり返す。倍返しだ!」とは言っているが、実際には、半沢は、やり返してはいないし、倍返しはしていない。10倍返し、100倍返し、とも言っているが、実際には、そうではない。悪者たちが、悪意を持って、また権力を使って、他人を陥れるようなことを行っているのに対し、半沢は基本的には、相手の不正の証拠を手に入れ、それを元に、その相手を追い込む。半沢には、そうした悪い奴らに対する恨みはあるものの、相手が理不尽に行ってきたことと同じことを仕返しているのではない。長い間、人をいじめたり、不正行為を部下の責任にしようとしたことに対し、当然だが、半沢は同じことで仕返しはしない。そして、相手は、最終的に、半沢によって出向させられたりするが、逆に言えば、出向程度で済んでいる。彼らのやってきたことに比べれば、それくらいは全然大したことではない。半沢は、相手に屈辱を味わわせるものの、その相手を長い間いじめたり、不正行為の濡れ衣を着せたりすることはない。だから、「やられたらやり返す」と言っているが、実は、そうではないのだ。
 半沢は、正当な方法で相手を追い込み、結局相手は、半沢たちの前にひざまづくことになる。

 また、このドラマを見ていてうれしくなるところをもう一つ、付け加えておこう。それは、半沢は孤軍奮闘しているのではなく、半沢には、信頼できる同期の仲間や部下、そして、ときには上司がいるというところである。上層部に理不尽なことをされたときに、信頼できる同期が情報をもたらしてくれ、精神的にも支えてくれ、部下たちは上層部の不正に一緒になって怒ってくれ、一丸となって資料を集めてくれる。東京本部では、内藤部長が、半沢を理解してくれていた。こうした信頼関係も、見ていて本当にうれしくなる。

「半沢直樹 (3)」に続く!



光太
公開 2013年10月29日

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