半沢直樹 (1)


「半沢直樹」   (TBS) 2013年

評価: 93点


 これは、かなりハイレベルなドラマである。

 このドラマの一つ一つのシーンは、本当によく作り込まれている。一瞬たりとも、いい加減に見ることはできない気にさせられる。
 ドラマを見ていると、時間があっと言う間に過ぎてしまう。ドラマを見ながら、時間が過ぎていくのが、本当に惜しく感じ、ドラマを見ている時間がずっと続いてくれたら...、という気持ちになる。


○ 不自然なところ

 このドラマは、自分は本当に好きだ。だが、この光太の批評サイトの神髄は、いい作品であっても、納得いかないところには容赦なく切り込むところにある。今回はちょっと変則的だが、敢えて、まずは、このドラマの不自然なところ、ちょっと無理があるところから書いておきたいと思う。(後でちゃんと讃えるべきところは讃えるので安心してほしい。)

 ということで、始めよう。

 まずは、いつも感じることからである。半沢が、同期の渡真利や近藤などと、折に触れ、いろんな作戦を立てたり相談をしたりする。しかし、これがあまりに無防備すぎる。大和田常務たちは、強敵である。どんな手を使って、半沢たちを陥れるかわかったものではない。全く油断ならない相手であり、決して隙を見せてはいけない。にもかかわらず、半沢たちは、外で食事をしたりしながら、大きな声で、作戦を立てる。敵陣営の誰かが近くで聞き耳を立てているかもしれないのに、である。また、会社の半沢たちの大部屋でも大っぴらに話し合っているが、会社の大部屋はもっと危ない。部屋には信頼できる部下が大半だとしても、一人でも大和田常務たちにそそのかされて彼らに情報を流す者がいたら、せっかくの計画が台無しである。また、社員食堂で話すなど、もってのほかである。これは、大和田常務の耳元で拡声器を使って作戦を聞かせているに等しい。前の夜に見たプロ野球の試合の話などをのんきにしているわけではないのだ。非常に重要な話を、あんなふうに誰に聞こえても何の問題もないかのように話すのは、ありえないだろう。注意深い人物である半沢がするはずのない行動ではないだろうか。

 そして、同期の近藤が、京橋支店の金庫の暗証番号を覚えていたという点も無理があるだろう。これにより、京橋支店支店長の貝瀬らの不正行為の証拠となる内部資料を、間一髪、半沢たちが入手することができるわけである。ここでは、二重のセキュリティが施されていた。一つ目の、鍵の暗証番号が机の裏側にはってあった方は、現実味がある。しかし、金庫の暗証番号を遠くから読みとって覚えていたというのは、さすがに無理がないか。支店長すら開けられない重要な金庫の暗証番号を、周囲も確認せずに、遠くからも丸見えな形でおおっぴらに打つのも問題だし、それを盗み見て覚えてしまう近藤も近藤である。こういう事態が発生することがあらかじめわかっていれば、暗証番号を盗み見る動機は十分にある。だが、何の脈絡もなく暗証番号を盗み見て覚えているというのは...。近藤は精神的に問題のある状態であったとはいえ、それが、暗証番号を盗み見て覚えている理由とはならないだろう。

 それから、半沢の家にあった疎開資料が、半沢が知らないうちに、妻の花により、花の実家に郵送されていたのも、ちょっとタイミングが良すぎるだろう。これによって、金融庁による半沢家の立ち入り調査で、資料が発見されずに済むわけである。だが、いくらなんでも、タイミングが良すぎる。
 これで危機を切り抜けるシーンは、見る方はハラハラドキドキし、ほっとする場面であるが、こういうやり方をあまり多用すると、どうせまた、タイミング良く何かが起こるんでしょ、と視聴者をしらけさせかねないだろう。

 伊勢島ホテルで、会社が倒産しそうだというのに、会長が大事にしていた高価な絵を売らないという事態があった。会長は、絵を非常に大事にしていたのである。息子である社長が会長を説得しても、会長は頑として絵を売ろうとは言わなかった。だが、息子である社長たちが会長を解任して絵を売ることになったとき、その会長は、機嫌がよかった、という展開もかなり不自然だろう。そこまでして絵を売りたくなかったのに、なぜ、解任して絵を売らせたら、機嫌がいいのだろうか?普通は、解任されて無理矢理絵を売らされることになったのだから、さらに怒ってしかるべきである。いくら変わり者の会長だったとしても、あまりに理解できない振る舞いだろう。人物の振る舞いが、非常に不自然だと、見る人は違和感を感じてしまい、ストーリーに感情移入できなくなってしまう。解任するのはいいとして、この時点では、それで親子の関係が断絶してもよかったのではないか。数年後にでも、会長であった父親が、息子の行動を考え続けた結果、息子の判断が適切だったと考え直して和解する、というくらいでいいのでは、と感じた。それなら自然だろう。

 また、よくわからないことがある。伊勢島ホテルは、羽根専務に乗っ取られようとしていた。羽根専務は、わざとホテルに大きな損失を出させて、自分自身が社長になろうとしていた。しかし、大きな損失が出ても、社長などを入れ替えれば、ホテル自体は普通に存続できるようなものなのだろうか?しかも、羽根専務は、会社の経理関係のことを握っていた人物である。半沢の銀行も、大和田常務が乗っ取ろうとしていた。大和田常務は羽根専務と策略を練り、伊勢島ホテルにわざと大きな損失を出させて、銀行を困った状況に持っていき、自分が代わりに頭取になろうとしていた。だが、そういう事態になっても、頭取や経営陣を入れ替えれば、それで銀行は引当金を支払う必要もなくなって存続するものなのだろうか?もし、そういうことなら、半沢たちは、何も、ホテルや銀行を必死になって守ろうとする必要はなく、むしろ、羽根専務や大和田常務のやってきたことの証拠を広く公開してしまって、彼らを解雇すればいいのではないか?そして、伊勢島ホテルに損失が出ても、なにも損失が出るのを必死になって阻止する必要はなく、むしろ、それはそのまま容認してしまって、損失をわざと出した羽根専務や大和田常務を経営陣から一掃したということで世の中に不正の根源が除去されたと宣言し、そのまま今の社長と頭取のもとで会社を続ければいいのではないか?また、もしそれでも現トップの責任が問われるということなら、伊勢島ホテルの現社長や東京中央銀行の現頭取、半沢たちの理想を実現してくれるような次の経営者を探すことに力を注げばいいのではないか?自分はそういう面の知識がないので間違ったことを言っているかもしれないが、半沢たちが必死になって行動していることの意味が、あまり理解できなかった。

 最終盤、同期の近藤が、大和田常務に誘惑され、裏切る。これもどうも不自然である。大和田常務は、半沢たちに追い込まれ、失脚寸前であった。近藤が、大和田常務の誘いに乗って銀行員に戻れたとしても、大和田常務が失脚すれば、その不正を握りつぶすのに荷担したことが発覚し、近藤はすぐに解雇されてしまうと予想するのが普通だろう。このまま、手に入れた証拠を元に大和田常務を失脚させれば、半沢も昇進し、銀行がまともになり、不正を暴くのに大きな役割を果たした近藤も銀行に戻される可能性が高まると考えるのが普通だろう。だから、大和田常務の誘惑に対する、この近藤の行動は全く不可解に写った。(ラストでは、結果的に頭取は大和田常務を追放せず、半沢が出向になるが、半沢や近藤たちはそんなことになるとは思ってもいなかったはずである。)

 そして、半沢が、銀行の岸川に、岸川の娘と、金融庁の黒崎が結婚することをばらすぞ、と迫るのもどうもおかしい。それがばらされると、金融庁と銀行がつながっていることが明らかになってしまう、ということのようだが、変ではないか。結婚は役所に届け出るものだし、銀行内でも届け出るのだから、それは絶対に明らかになる。結婚を隠しておくことなどできない。結婚すること自体がそんなに問題になるなら、確実に公になる結婚をすることはそもそもありえない。半沢が、その情報を使って、岸川を追い込むのは、意味がわからなかった。

 ...といったように、不自然なところや無理のあるところはいろいろあった。
 原作は読んでいないが、原作では整合性のあるストーリーなのかもしれない。ドラマだから、より見せ場を作るために、改変したのかもしれない。
 でも、ドラマを見ていて違和感を感じることがないよう、できれば、なるべく自然なストーリーにしてほしいと思う。

「半沢直樹 (2)」に続く!



光太
公開 2013年10月29日

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