ブタがいた教室 (2)



これは(2)です。ブタがいた教室 (1)から読むのをおすすめします。



○ 映画として評価に値するところ

 この映画の見どころは、やはり、ブタを3年生に引き継ぐか、食肉センターに送るかを、子どもたちが議論する場面である。見る者は、子どもたちの真剣な議論に完全に引き込まれることだろう。映画を観ているときは、子どもたちが、映画の中でこれだけ迫真に満ちた演技を見せられるのは本当にすごいと思った。子どもたちの表情や声が実に自然なのである。
 だが、実は、この映画は、それを実現するための非常に優れた工夫をしていたのである。この映画では、子どもたちには台本を与えずに、実際にブタを飼う体験をさせた上でこの映画を撮ったというのである。こどもたちの表情や言葉は、少なくともある程度は、完全に子どもたちの内側からあふれてきたものである。これはすごいことである。よく映画でそこまでやったと思う。この試みは、完全に成功している。

 そして、ある程度の誘導はもちろんあったのだろうが、子どもたちにあれだけの議論ができたというのは、本当にうれしいことである。日本の将来に希望がもてる。こういうディスカッションができる子どもがどんどん育ってほしいと思う。

 そもそも、日本では、まともに議論するという風潮もないばかりか、それ以前に、日本人の多くが、物事について自分で深く考えることすらできていない。本来は、自分で深く考え、自分なりの意見を持てるようになることが、生きていく上で最も重要なことであり、それを筋道立てて説明でき、相手の意見も尊重できるという人間になることが一番重要なことである。だが、日本人の多くは、それが全くできていない。
 もちろん、日本人が人種的、遺伝的にそもそもそういう性質を持っているのではなくて、これは、完全に日本の教育システムによる結果である。考えたり、議論したりできる子どもを育てるということを、日本の教育は全く重視してこなかったのである。

 だが、生きていく上で、こうした力が非常に重要なのは言うまでもない。
 海外では、そうした能力をもっと重視し、アメリカなどでは、そういう能力をしっかり育てている。中学生の頃から、ディベートなどをきちんと学校で行っている。自分は、よく、アメリカの若い人たちに、政治に関する意見を聞いたりするが、ほとんどの人たちが、自分自身の意見を持ち、しかも、それを目を輝かせて話してくる。そして、こちらが違う意見をぶつけると、明らかにそのディスカッションを楽しんでいる。

 日本はこれまで、海外で発明された技術をまじめに地道に発展させて、世界に製品を売ることで成長してきた。自ら新しいものを考えたりできなくとも、手順に従ってきっちりと物事を処理できる日本人にとって、これは比較的適した環境だったかもしれない。だが、他のアジアの国々も同じようなやり方で製品を作る技術力を身につけ、はるかに安い値段でそれらを売るようになってきており、また、工業製品よりサービス産業やソフト産業が発展してきている現在、ちゃんと自分で考え、創造できる人間を育てていく必要がある。そういうふうにしていかないと、今後、日本は、新しい技術も、ソフトも、サービスも考えつくことができなくなるだろう。また、圧倒的な技術力もないのに、議論もまともにできなければ、海外との商談や交渉で優位に立つこともできず、どんどん没落していくだろう。
 そうした中、自分で考え、自分の意見を持ち、きちんと議論できる人間を育てる教育を早急に行っていかなくてはならない。
 この映画における討論は、まさに、これを理想的に行っている例であった。星先生は、子どもたちが必然的に興味を持ち、真剣になれるテーマを与え、先生は結論を与えずに、子どもたちに責任を持って結論を出すまで徹底的に議論させている。この星先生のやり方は、子どもたちのそうした大切な能力を伸ばすのに大いに成功しているのである。

 さらに、この映画の投げかけている問題は、子どもたちにこの体験をさせるかどうかということにとどまらない。大人たち自身にも同じ問題を突きつけているのである。大人であったとしても、自分で飼って愛情込めて育てたブタを、自分で殺して食べることができるだろうか?そこから目を背けて、肉を食べることは、卑怯ではないのか...。

 このように深い問題を提起し、人々に考えるきっかけを与えているこの映画は、絶賛に値する。深い内容を扱い、ドキュメンタリー的要素を取り入れながら、エンターテイメントとしても完全に成功している。見終わっても何も残らない、底の浅い、どうでもいい映画たちは、この映画を見て、人々に訴えかける映画とは何かを学んでほしいと思う。


○ すばらしい登場人物たち

 この主人公の星先生は非常にすばらしいと思う。まず第一には、もちろん、批判もありうるこうした試みに果敢にも挑戦したところである。子どもたちに、食というものの本質を理解できるこうした体験をさせようという発想と、子どもたちに真に考える力をつけようとするこの心意気がすばらしい。
 また、さらにすごいところは、徹底的に子どもたちに議論をする機会を与え、それに成功していることである。星先生は問いを発し、子どもたちに考えるきっかけを与え、子どもたち自身できちんと物事を決めさせようとする。上でも書いたように、考える力や議論できる力を育てられていないことが日本の教育の大問題であるが、この先生はその教育に完全に成功している。

 それに、星先生は、子どもたちの意見に実に真剣に耳を傾ける。子どもたちにとって、これは本当にうれしいことだし、子どもたちはそういう大人を信用するだろう。こういう先生に教わった子どもたちは、本当に幸せだと思う。

 また、この学校の校長も非常にすばらしい。新任の先生が、こうした提案をしたとき、一般の校長たちは、自己保身から、こうした提案を認めないのが一般的だろう。面倒が起こるのは嫌だと考える場合が多いと思われる。だが、この校長は、最初に必要な注意点をきちっと述べた上で、主人公の星先生をしっかりとサポートしている。生徒の親たちから理不尽なクレームがきたときの、この校長の対応は、上司の鏡であろう。こんな上司の元で仕事ができればこの上ない幸福だと思う。

 そして、子どもたちもすばらしいのである。もちろん、この映画の子どもたちは、ある意味、美しく描かれすぎかもしれない。実際には、みんなが、こんなにブタの飼育に協力的ではないかもしれない。そして、実際には、子どもたちにもどろどろした関係というものがあるが、この映画の子どもたちには、そのようなところなどが一切ない。それも現実とは異なるとは思う。だが、このさわやかな子どもたちの姿は、少なくとも実際の子どもたちの一面を表している。この子どもたちの姿を見ていると、本当にうれしくなる。

ブタがいた教室 (3)に続く!

光太
公開 2012年2月5日

気に入ったら、クリック!  web拍手 by FC2
光太の映画批評・ドラマ評・書評・社会評論