運命の人 (2)



これは(2)です。「運命の人 (1)」から読むのをおすすめします。



○ 弓成記者は正義か?

 さて、このドラマで扱われている「機密漏洩事件」は、社会にとって非常に大きな問題を提起している。
 このドラマの描き方だと、これは、権力に対抗する記者と、それを許さない権力による抑圧のように見える。本当に、権力側が、この記者を封じ込めようとして、不当なやり方で裁判を進めたとしたら、それは大問題であり、許してはならないと思う。さらには、このドラマでは、沖縄への負担の問題も提起されている。これらは社会にとって、重要な問題である。
 ただし、この事件を、密約を許してよいのか、という国民の「知る権利」と、外交機密の必要性の側面から考えると、それはそれほど簡単な問題ではないように思う。

 昔なら自分は、この主人公の記者は、権力と戦うすばらしい正義の記者であり、政府は真実を隠して密約を結ぶなど、なんと許せいないことか、と思ったと思う。そして、この記者の考えに大いに共感したと思う。
 だが、今の自分は、ちょっと単純にそういう考えでもない。

 もちろん、密約は基本的によくない。そして、たとえば、核を日本に持ち込むかどうかなどのきわめて大きな問題について密約を結ぶのは、本当に国民に対する許せない裏切りであろう。だが、復元補償費をアメリカ側が支払うか日本側が支払うかといった程度のことであった場合、もし、それが沖縄を返すか返さないかに大きな影響を及ぼすとしたら、もし、それを受け入れなければ沖縄が返還されるのがずっと先になってしまうとしたら、外交交渉としてこうした密約を結ぶというのも、一概に非難の対象になるばかりのものでもないかもしれない。

 例えば、日本の領土の一部がある国に占領されているとしよう。そして、日本はずっとそれを返還してもらおうと交渉してきたとしよう。ところがもちろん、相手国は交渉に応じようとはしない。そうしたとき、相手国のその交渉の最高責任者に、比較的柔軟な人物が奇跡的に選ばれたとしよう。そして、この人物が最高責任者でいる間に交渉を成立させなければ、この領土が将来にわたって日本に返還される可能性はきわめて小さいとしよう。だが、あろうことか、この人物は、日本に対し、返還を進める条件として、個人的なわいろを要求してきた。20億円のわいろである。日本政府は、不正とわかっていて、これに応じるかどうかという状況に置かれているとしよう。この人物の要求を公にしたり批判したりしたら、もう二度とその領土が返ってくる機会はないかもしれない。これにかかる出費はたったの20億円である。ぎりぎりの判断が迫られる。不正を甘んじて受け入れ、その秘密は日本側の担当者が墓場まで持っていって、その領土返還を実現するか否か...。

 どちらの立場もありえよう。

 何があっても、どんなにデメリットがあっても、情報公開と国民の知る権利を優先する社会にすべきだ、という考え方もあるだろう。
 ある程度情報公開を犠牲にすることは承知で、返還を実現するという大きな成果を得た方が、国や国民の利益になるという考え方もあるだろう。

 自分は、昔なら、完全な情報公開派だったが、今は、それを最優先してしまうと、国民にとって実質的に不利益になることが多くあることも理解している。しかし、情報公開は、例外的な場合を除いてはできる限り行うべきことは当然である。
 このドラマの密約の件が、どの程度の必要性があってその密約が結ばれたのか、密約を拒否したらどうなっていたのかについて、知識もないために、ドラマを見ていても、弓成記者の主張が妥当なものなのかどうか、判断できなかった。それが、今回ドラマを見ていて、弓成記者に完全にそれほどは感情移入できなかった背景である。

 また、このドラマでは、弓成記者を完全な正義として感情移入させようと描いているわけでもないように思った。それは、弓成記者を、家族、特に妻をあまりにもないがしろにしている、身勝手な人間に描いているところである。特に女の人がこのドラマを見たとしたら、弓成記者を身勝手な人間と感じて好きにはなれないだろうと思う。


○ 沖縄の悲劇の描き方は圧巻

 そうは言っても、最終回は、心を動かされた。最終回では、沖縄の悲劇を非常にわかりやすく描いていた。ガマの洞窟の中で自決をした人々、そして、今も繰り返されている、米軍兵士による小中学生も含む婦女暴行事件。そうしたことは、話としては知っているものの、こうやってドラマで再現して見せてもらうと、わかりやすさが全然違う。沖縄の人たちが、戦争、そして日本の本土の人々に対してどういう思いを持っているのか、そして、沖縄が、今でも米軍基地を押しつけられていることで、そうした悲劇が今も繰り返されていることを、ドラマとして訴えられると、本当に沖縄を今のままにしておいてはいけないと実感する。こうした思いを実感させてくれる再現映像やドラマというのは非常に貴重であり、そうした意味でも、このドラマの価値は高いと自分は思った。この部分については、日本人が、沖縄に絡む問題を考える上でも、日本国民全員に見てほしいと思った。
 最終回は、自分は、沖縄の人たちや、沖縄の悲劇を報道して、沖縄の理不尽な負担をどうにかしなければ、という思いの記者の人たちに非常に感情移入できた。機密漏洩事件の方はいろいろ複雑な問題があって、その評価は簡単ではないにしても、最終回で表現されていた、沖縄の人たちの置かれた状況には強く共感する。


○ 最後に

 これは名作である。ゴールデンタイムのドラマとして、よくこれだけの作品を作れたと思う。

 視聴率が低かったとしても、心からほめたたえている人がたくさんいることを、制作者たちには伝えたい。

 このような上質なドラマをこれからも大いに期待している。

(完)

光太
公開 2012年6月10日

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光太の映画批評・ドラマ評・書評・社会評論