Planet of the Apes/猿の惑星 (1)


「Planet of the Apes/猿の惑星」   ティム・バートン (監督) 2001年

評価: 63点


 この作品は、過去の名作のリメイクであるが、まあ、そこそこのおもしろさだった。
 おもしろさの主な点は、やはり猿に人間が支配される世界という設定と、それが映像技術・メイクの技術により、よく表現されているところだと言える。

 だが、ストーリーに変なところがいくつかあったので、それを中心に書いてみようと思う。


○ 英語??

 一番変なのは、主人公が猿たちの惑星に降り立ったとき、猿たちや、そこの人間たちが英語を話していることに、主人公が何の違和感も持たないことである。この主人公は相当頭が悪いのだろうか。

 猿たちが支配している惑星にいきなり降り立ったとしよう。現在の地球の常識を持っている我々からしたら、猿が人間を支配しているというところには、当然驚きを感じるだろう。だが、それは、科学的に言ってありえなくもない。ところが、全く別の惑星で、地球と同一の言葉を話すということは、ありえないことである。同じ地球上でも地理的に少し離れているだけで言葉が全く違うのである。
 となると、ここで、主人公は、この惑星が地球なのではないかと考えるシーンが出てくるべきであるが、そんなシーンは出てこない。

 この主人公は、その惑星に降りたって最初のうち、アメリカ空軍の....、と述べていることを考えると、主人公は、あるいは、猿や人間たちが英語を話していることから、この場所を地球だと思っていたのかもしれない。だが、もしそうだとすると、これは地球のどこの地域だろうかとか、もし、時間的にも移動した可能性を考えるなら、どこの時代にいるのだろうとか、考えるシーンが出てくるべきであるが、主人公はそんなことを考えている様子はない。
 そして、少なくとも途中からは、主人公は、そこが地球でないことに気づいているはずである。その時点に至れば当然、その惑星で英語が話されていることについて考察しなければならない。だが、主人公は、そこが地球でないことに気づいてすら、この重大な言葉の問題について、考えている様子は全く見られない。「謎解きはディナーのあとで」の執事に言われるまでもなく、この主人公の目はふしあな以外の何物でもなく、これほど観察力・思考力のない人も珍しいであろう。そんな主人公に頼ろうとしているこの惑星の人間たちもどうかと思う。


○ 惑星に住む人間と猿たちのおかしな設定

 猿の惑星のオリジナル版では、その惑星の人間は言葉を話せなかった。それには理由がある。
 だが、この映画では、人間たちも言葉を話している。しかし、これだけ高度な言葉を話せれば、人間たちは、すぐに文明を発達させるはずである。
 また、猿たちの行動を見ていると、きわめて野蛮で、とても知的には思われない。生物学的に考えて、このような野蛮であまり知的でないような種が、高度な社会を発展させ、人間より優位に立てるのだろうか?だが、この惑星では、猿が人間より優位なのである。
 おかしくないだろうか。

 また、この星を支配している猿たちの種類がいろいろあることも、生物学的には変である。
 チンパンジー、ゴリラ、オランウータンは、人間からすると、類人猿というふうにひとまとめにして語られることも多いが、これらは全く異なる生物である。知能の程度も異なる。それを、あたかも一つの種の中の多様性のように扱っているのはおかしい。
 知能の順位から行けば、チンパンジーが圧倒的に優位だろうし、この映画の宇宙船の中で、過去(映画の最初のシーンにおいての現在)に反乱を起こした賢い猿もチンパンジーであった。ならば、チンパンジーだけが高度な知能を持つ社会になっているはずで、ゴリラやオランウータンたちは、種としては全く独立で無関係なため、高度な文明社会を築けず、今と同じように森で野生のまま暮らしているはずなのである。また、仮に、もし、設定として、ゴリラが知能を発達させて文明社会を築いたということであればそれはそれでいいが、その場合は、チンパンジーやオランウータンは発達していないはずである。
 もちろん、この猿社会を、様々な種類の類人猿が共存している社会という設定にしていることは、この映画の一つの魅力になっている。全部がチンパンジーよりは、いろんな類人猿が出てくるほうが視覚的にもおもしろい。だが、そうしたいなら、様々な類人猿が、同時に高度に知能を発達させた理由づけをして、映画の中で説明する必要があるだろう。

 また、メスの猿たちの顔もなんだか変である。映画の中のオスの猿たちは、比較的、現存するチンパンジーやゴリラなどに近い。だが、メスたちの顔は、これまでに見慣れている類人猿とはかなり違っていて、中途半端に人間に近くなっている(というよりは、ホラー映画に出てくるような不気味な顔の人間といったらよいか...。)。そもそも数千年では進化はそんなに起こらないから、オスの方の顔の設定は適切で、メスの方の顔の設定がおかしいだろう。百歩譲って、何らかの理由で、外見にも急激な突然変異が起こったという設定にしてもいいが、オスとメスの両方が変化するならともかく、オスだけがそのままでメスだけがこんな微妙な見た目に変化するということは生物学的にはありえないと思うのだが...。
 メスのチンパンジー、アリが主人公に対して何か恋心のようなものを持つために、ご都合主義的に、メスだけをやや人間に近い顔にしたと疑われても仕方ないだろう。(←実際にはこの通りだと思うのだが。)

Planet of the Apes/猿の惑星 (2)に続く!



光太
公開 2012年2月5日

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