ダンス規制


 2012年9月、六本木にある、SUDADAというサルサクラブ(サルサバー)が閉店となった。

 営業するのは法律違反だということで、警察が入り、閉店に追い込まれたのである。

 自分は、友人に連れられて何度かこのクラブに行ったことがある。
 サルサクラブというのは、普通のクラブと違い、ダンス自体を楽しみたいという目的で来ている人たちが多い。普通のクラブではナンパ目的の20代がメインであるのに対して、サルサクラブというのは、ダンスが好きな幅広い年齢の人たちが集まっている。また、サルサはラテンダンスの一つであり、ラテン系の文化が好きだったり、スペイン語を勉強しているような人たちがもやってくる。そして、日本に住むラテン系の人たちが週末を楽しむ場ともなっている。さらに、世界のいろいろな国々でサルサダンスは行われているため、様々な国の人々が集まり、一種の国際交流の場ともなっている。

 そして、このクラブは、日本のサルサ界では上位3位に入る人気のクラブで、19年前から営業していた老舗店であった。日本のサルサの草分けとも言える存在であった。

 そうしたダンスクラブが閉店に追い込まれた。
 このクラブが好きだった人たちも数多く、そうした人たちはクラブの閉店に大きな寂しさを感じているようである。

 警察により閉店に追い込まれたとなると、何か犯罪が多発しているクラブだったのか、というような印象を持つ人もいるかもしれない。しかし、ここは、何も、ドラッグの取引が行われているとか、犯罪の温床になっているとか、そんなことは全くなかった。
 ダンスをさせていること自体が違法だ、と警察は言うのである。

 多くの人にとって、これは意味不明だろう。

 では、なぜそういうことになるのか、説明しよう。

 そもそも、日本では、踊るためのクラブというのは、風俗営業法の規制の対象である。風俗営業法というのは、もちろん、売春などを取り締まっている法律で、ソープランドやファッションヘルスといったような店もこの法律で取り締まられている。その法律が、ダンスクラブを規制している。
 そして、この法律では、ダンスクラブを営業する際には、届け出をせよ、と定めている。ところが、法律上は、ダンスクラブは、夜の12時(一部は深夜1時)までしか営業してはならない、ということになっている。したがって、正直に届け出ると、そのクラブは12時までしか営業できなくなる。だが、クラブが夜12時までしか営業できないのでは、クラブとしての経営はほとんど不可能になる。通常のクラブでは、客がクラブにやってくるのはそもそも夜中の12時を過ぎてからである。そして、早朝まで踊るわけである。サルサクラブの場合は、夜10時前後にやってきて、終電までに帰る客もいるため、夜の12時までにもそれなりに客は入るものの、12時以降にくる客層も多いため、営業を夜12時までに制限されれば、クラブの経営はほとんど不可能になる。

 というわけで、クラブ側は、ダンスクラブとして届け出をしたくてもそうするわけにはいかない。そして、仕方なく、飲食店などとして届け出をする。そのため、クラブ側は、「ここはダンスクラブではない、人々は踊っていない。」などと言い張らなければならなくなる。そうしないと、ダンスクラブとして届け出をしなければいけなくなり、そうなると、夜12時以降の営業はできなくなってしまうからである。

 そこで、警察がやってくる。おいおい、ここは飲食店のはずなのに、あろうことか、客が踊っているじゃないか、飲食店でダンスをさせるのは違法だ、営業は認められない...。

 確かに、警察が、法律を厳格に適用し、規制すればそうなる。警察は、法律に従って、職務を忠実に実行しているといえる。

 しかし、日本には、法律に書いてあっても、それを厳密に取り締まらない場合があるという慣習がある。もちろん、殺人や強盗、暴行や窃盗などは、厳しく取り締まってもらわないと困る。だが、例えば、道路の速度制限を完全に厳密に取り締まったらどういうことになるだろうか。自動車の信号無視は、厳密に取り締まられなければならないが、歩行者や自転車の信号無視は、厳密に取り締まるべきだろうか。自転車は歩道を走ってはいけないことになっているが、だからといって、法律に従って危険な車道を走るべきなのだろうか。自転車の飲酒運転や傘さし運転はどうだろうか。パチンコの景品交換所は、厳密には違法になるだろうが、普通は取り締まらないようになっている。料理教室やキャンプなどに使った包丁やナイフ、カッターなどをカバンから出し忘れて持っていたことで、銃刀法違反で逮捕されたりしたら、たまったものではない。法律が全て厳格に運用されると、日本は恐ろしい取り締まり社会になり、ほとんどの人が困ることになるだろう。

 ダンスに対する規制も同じことで、法律には書いてあっても、これまでは、基本的に取り締まらないという運用をしてきていた。
 だが、警察は、2010年ごろから一転して取り締まりを行い、健全なダンスクラブが閉鎖されることになってしまった。
 警察の方針の転換は、全く理解に苦しむ。
 いったいなぜ、そんな意味不明な取り締まり強化を始めたのだろうか。

 実は、これは、サルサクラブだけの話ではない。大阪では、アメリカ村周辺にある、若者の集まる普通のクラブに警察が入り、多くのクラブが同様に閉鎖された。そして、夜の街は人通りも少なくなって、周囲の飲食店なども閉店し、閑散としているとのことである。
 警察が、いきなり方針を転換して、人々が普通に踊る場所を閉鎖に追い込んでいるのは、大きな問題である。

 しかし、である。
 本当に問題なのは、風俗営業法でダンスクラブを取り締まり、夜12時までしか営業させないとしていることである。

 ダンスクラブを夜12時までしか営業させないという法律など、全くおかしい。
 世界の国々には、厳格な宗教国家や独裁国家でない限り、ダンスクラブがあり、人々はそこで踊っている。ダンスは、人間の根元的な活動の一つであり、踊ることは自然である。したがって、普通の国ならば、そういう場所が提供されるのは当たり前のことである。また、ダンスクラブは、音楽文化や音楽芸術を先進的に生み出す場ともなっている。
 そうしたダンスクラブを、ソープランドやファッションヘルスを取り締まるのと同じ法律で取り締まり、12時までしか営業させない必要があるのだろうか?

 政府が2012年6月に閣議決定した答弁書や、2012年11月の警察庁のパブリックコメントへの回答では、ダンスクラブというものは、「享楽的な雰囲気が過度にわたる可能性がある」としている。
 何をもって、過度の享楽的な雰囲気と言っているのか意味不明だが、仮に享楽的な雰囲気が過度にわたることがごく稀にあるとしても、それでクラブの存在全体を完全に否定するような法律はどう考えてもおかしい。まともな民主的な国で、普通に踊るクラブに対して、こんなおかしな論理で取り締まりをしようという国などないだろう。女性は全身を布で覆わなければならないなどと定めている独裁的なイスラム国家などなら別だろうが...。

 そして、この問題は、ダンスクラブにとどまらず、公共施設で行われている社交ダンスなども影響を受けているようである。公共施設で、少しの会費を取って社交ダンスを楽しむイベントなどをした場合、法律を厳格に解釈すればこれも違法となる可能性があるということで、自治体などが、そうしたイベントを認めない、といったことが出てきているようである。この法律では、厳密に適用しようとすれば、夏などに行われる海の家でのイベントも、違法となりうるそうだ。
 社交ダンスは、通常、比較的年をとった人たちがダンスを楽しんでいる場である。そんなところで享楽的な雰囲気が過度に渡るも何もないだろう。こういうイベントすら、違法になりかねない風俗営業法によるダンスの規制は全くおかしい。

 この法律は戦後の混乱期に作られた。当時は、ダンスホールが、米兵相手の売春の温床だったようだ。そのため、ダンスが風俗営業法による取り締まりの対象になったようである。その後、日本にも、若者らが行く普通のクラブがたくさんできた。もちろん、そんなところで売春の交渉など、全く行われてはいない。にもかかわらず、この法律は何十年にも渡ってそのままになっている。
 ダンスという、世界のほとんど全ての国々で人間がごく通常に普遍的に行う趣味を、あたかもそれ自体が問題あるかのように取り締まる法律は全くおかしい。
 ダンスが男女ともに中学校の必修科目になっている現在、ダンスに対するこんなおかしい認識は、時代遅れにもほどがある。

 また、クラブが閉鎖されることで、クラブに行っていた若者たちは、行く場所を失う。そして、クラブによって活性化していた周辺から人の流れが消え、停滞している日本の経済をさらに悪化させることにもなる。
 若者や人々が、新しい人たちと知り合い、交友関係を広げる機会は、日本にはあまり多くないが、こうしたクラブはそういう機会も提供してきた。だが、その数少ない機会も奪われる。

 こんな法律は、即刻変えるべきである。
 こんなおかしい法律をそのままにしておくような国会議員は、職務怠慢としか思えない。

 明日にでも法改正が行われることを強く期待する。



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 なお、2015年6月17日、この規制を緩める改正風俗営業法が成立した。
 そして、2016年6月23日、この法律が施行された。
 この法律は、まだ不十分なものではあるが、大きな前進である。
 法律成立に向けた努力をされてきた関係者の方々に敬意を表する。
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(完)

光太
改訂 2016年6月24日
公開 2013年4月29日


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