欲しがらない若者たち


「欲しがらない若者たち」   山岡 拓 (著) (日経プレミアシリーズ) 2009年

評価: 97点


 この本では、従来の若者像とは全然異なる、本書の出版された2009年時点で20代の世代について論じられている。

 本書に紹介されている調査結果によると、彼らは、車を欲しがらない、ブランドの服も欲しがらない、スキーやスノボーにも行かず、スポーツもしない、旅行もしない、酒も飲まない、物欲もあまりない、恋愛にも関心は薄く、合コンもあまりしない、デートにもお金をかけない、休日は家で過ごし、今を楽しむより将来に備えようと考え貯金をする...。
 これらは、単に、筆者の感じているイメージから述べられているのではない。統計的にも十分なサンプル数を持つ、アンケート調査結果に基づいて、きちんと数値を出して説明されているのである。
 若者たちのこうした傾向を、本書では、幅広い観点から、信頼できるデータに裏付けられた多くの結果がまとめて示されており、この年代の特徴が非常に明確に把握できる。

 本書の対象としている世代は、自分よりすぐ下の世代である。この世代の友人・知人と接したり、職場に入ってくる彼らの世代を見たり、テレビなどで断片的に与えられる情報から、本書で書かれているような平均的な若者像を漠然と想像してはいた。本書を読んでみて、本書が示す若者像は、それまで自分が感じてきた実感に非常に合うものだと感じた。

 新聞の世論調査などを見ていて、(本書の出版された時点における)20代が、30代とは大きく異なり、かなり保守化していることに個人的に関心を持っていた。一般的な社会においては、年をとった人々は比較的保守的であり、若者世代は、変化を求め、例えば政治に関しても、改革を主張する政党を支持したりする場合が多い。オバマが大統領選に立候補し、Changeを叫んでいたとき、アメリカでは、若い世代が、インターネットなどを通じて、オバマ候補の支持を大きく広げていった。若者世代が、社会の変化を強く求めたからである。  だが、日本の場合、この状況は全く違っていた。小泉政権が終わり、安倍政権から麻生政権にかけて、民主党が政権をうかがっていたころ、民主党の支持率は、国民の期待を受けて、次第に高まっていっていた。この時、政党支持率の年代別の数値を見ると、従来の政権党である自民党支持率は、高齢者で高く、世代が若くなっていくにつれ、低くなるというわかりやすい傾向を示していた。だが、驚くことに、20代では、高齢者のように自民党支持率が高くなっていたのである。これは、単発の世論調査の結果ではなく、当時、毎回そういった傾向がみられていたのである。
 こうした傾向に非常に興味を持っていた自分は、20代をターゲットにした客観的な調査・分析を知りたいと思っていたので、この本はまさに、自分の関心を満たしてくれた。

 さて、若者たちの気質、といったテーマについて論ずるとき、単にイメージや経験的な感覚だけに基づいて書くような、いいかげんな論じ方をする人も多い。だが、そういう文章は、ほとんど意味がないと思う。なぜなら、そもそも、若者たちに本当に統計的にそういう気質があるのかも全くわからないし、仮にそういう傾向があるにしても、若者の中の何パーセントくらいがそういう傾向を持っているのか、などが全く分からないからである。そんな文章を読んだところで、ただ主観的な、著者の感情が述べられているだけで、まともに取り合うべきかどうかすら判断がつかない。そうした中、データに基づいて話を進めるこの著者の論じ方は非常に好感が持てる。

 データを完全に客観的な視点から分析しているわけではないように感じる部分もゼロではない。しかし、概して、努めて冷静にデータを分析して論じている筆者の態度は、高く評価できる。そして、若者たちのこれだけ多くの特徴をとらえている点で、若者の分析としてかなり価値の高いものであると思う。同時に、変な抽象論になるのではなく、日常生活に沿って特徴をとらえている点も、わかりやすく、非常に楽しく読むことができる。

 個人的には、この本で明らかにされている現在の20代にはとても好感を持つ。彼らは贅沢はせず、つつましく暮らし、物やお金には興味はなく、周囲と仲良くやっている。
 「最近の若者は...」という言葉は、概して、社会規範を守らず、わがままで、物質的豊かさを求めて浪費するような傾向のある若者世代に対して、古代エジプト時代から懲りずに使われてきた。しかし、現在の若者たちは、こうした若者像と全く異なる世代となっている。社会規範を守り、堅実な人生を歩もうと地道に勉強したり、人の気持ちに常に配慮しながら、贅沢をしないで静かに暮らしている。彼らより上の世代や高齢者世代の方がよっぽど物質的豊かさを重視し、わがままに暮らしている。過去、校内暴力がはびこり、学校が荒れ、暴走族が多くの人たちを困らせた時代があった。しかし、最近の若者たちには、そんなことは流行らないようである。
 若者世代の、消費をしない行動パターンが不景気の一因であると批判的に論じる人々もいるようだが、彼らは愛すべき優しい世代であると思う。

 だが、そういった愛すべき彼らに対して、大きな懸念がある。

 本書によれば、2008年の「若者意識調査」において、「重要であり、次世代に伝えたいと思うもの」を選んでもらったところ、この世代でトップになったのは「日本の伝統文化や季節感」(約4割)であり、「平和憲法や民主主義」の重要性を挙げたのは、伝統文化のほぼ半分の2割程度であったそうだ。
 そして、「和の暮らし調査」で、「子どもや次世代に伝えたいと思うこと」を聞いたところ、60代では、「戦後の平和憲法や民主主義」を挙げた人が半数に達するが、20代では3人に1人だったという。そして、「科学的、合理的な考え方」を挙げた人は、20代では1割以下で、60代の1/3程度だったという。一方で、20代の4割以上が「雅」などの強風の美意識や季節感を「次世代に伝えたいこと」として挙げており、これは60代の2.5倍以上であったそうである。

 例えば将来、国家が暴走したとき、従順で保守的で、民主主義の重要性や論理的思考の重要性をあまり認識していない彼らはもはやそれに抵抗することはないのではないか、と気にかかる。杞憂だといいのだが。

(完)

光太
公開 2011年4月20日

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