こころ


「こころ」   夏目 漱石 (著) (新潮文庫) 1914年

評価: 100点


 この作品を初めて読んだのは、高校の国語の教科書であった。高校の教科書には、Kが自殺するメインの部分を中心に、かなり長い部分が掲載されていた。そのとき、自分は、非常に大きな衝撃を受けたのを覚えている。
 そして、大学生になった頃だったか、文庫を購入して、全てを読んだ。

 それまで、こんなに引き込まれた小説はなかった。この小説を読んで、こんなにおもしろい小説があるのかと驚き、その後、夏目漱石の小説も、他の作家の小説も含め、いろいろな小説を読んだ。しかし、これを越える小説にはこれまで出会っていない。それどころか、自分にとって他の小説は、この小説よりはるかに劣り、この足下にも及ばない。

 この作品は、恋愛を題材にしている。そして、読者にはお嬢さんを巡っての、Kと先生の想いや焦りが、痛いほど伝わってくる。
 だが、この作品の本質は、恋愛などにはなく、人生において何に対して誠実に生きるのか、罪に対してどう責任をとるか、罪を背負って生きていくとはどういうことか、などという重いテーマを読者に深く問うていることであろう。
 つまり、恋愛を題材にしなくても、同様のことを問う物語は書けたのではないかとも思う。

 そして、この物語の一番の魅力は、先生にしても"私"にしても、自分自身や周囲の人々を極めて冷静に観察し、論理的に心情を分析しており、それが明晰な言葉で記述されている点である。このため、読者には、彼らの心情が手に取るようにわかるし、その心の動きに納得もできる。また、夏目漱石の文章の特徴でもあろうが、登場人物の言葉は非常に知性にあふれている。漱石の文章にはもともとそういうものが多いかもしれないが、この作品は中でも際立っていると思う。このような登場人物たちを生み出すことができる漱石自身の、非常に高い知性を感じる。

 また、前半で描かれる、"私"と親との関係、"私"の親戚に対する見方や、田舎の人に対する見方なども一つの見どころであろう。"私"の心情に共感する読者は多いと思われる。

 この小説においては、死を目前にした父親を残し、先生の元へ急ぐ"私"が描かれる。この小説ではここにそれほど大きな比重を割いて掘り下げているわけではないが、ここにも一つの大きなテーマが存在するだろう。
 世間の常識として、子どもにとって父親は大切な存在だということになっているし、子は、当然、実の親を第一に考えるはずだ、ということになっている。だが、"私"は、違うのである。そして、実際にも、"私"のような考え方を持つ人は多くいる。だが、社会は、親を大事に思わないような人間はいない、ましてや親の死に目にあいたいと思わない人などいないことにしているし、もし、そんな人がいるとすれば、人間とも思えない冷徹な人物、どこかに欠陥のある人物として扱われることになるだろう。しかし、社会の建前にとらわれず、人間のこういう部分に目を向けることは、自分は大事だと思う。
 日本人は、こういうことに対して、まだある程度冷静かもしれないが、アメリカなどでは、こういう人物を、否定的な意味合いでなく描くのはさらにはばかられることだろう。アメリカの映画などを見ると、家族の大切さを極端に強調しているものが多い。結局、最後は家族が仲直りするということを最大のテーマとしている映画がかなり多くを占めるし、家族愛を非常に美しいものとして極端に賛美していることが多い。家族を大事にする、というのは、生物学的にもある程度自然なことであるが、極端なものになると、それはキリスト教の価値観からもたらされているわけだが、かなりの割合のアメリカ人たちは、これが、文化的背景に基づくものであるという冷静な相対化はできないようである。そうしたアメリカ人たちがこの本を読んだら、きっと"私"という登場人物に非常な嫌悪感を持つだろうし、悪魔に魂を売り渡した者のごとく忌み嫌うだろうと思う。
 自分は、日本が比較的、そういった宗教的な価値観にとらわれない国であることに非常に高い価値をおいているが、それについては、また別の機会に論じることにしたい。

 さて、この作品の優れたところとして、ストーリーや心理描写が非常にリアルであることも挙げられる。"私"の父親が死にそうな状態にあるときの家族のやりとり、そして先生の遺産相続の話なども、極めてリアルに展開する。先生がKとお嬢さんの日常のふとした行動から疑心暗鬼になり、焦っていく様子もリアルである。Kから、お嬢さんに対する気持ちを先に打ち明けられて、自分のお嬢さんに対する気持ちを、その後でKに打ち明けられない先生の心理の描写もリアルである。この辺りのことは、現代でもよくある話であろうし、展開に強烈に引き込まれる。Kが自殺にいたる過程もきわめて自然であり、物語として非常によくできていると思う。

 また、自分は、特に高校生や大学生の頃に読んだときには、Kは非常にかっこいい生き方・考え方をしている人物だと感じた。当時ほどではないにしても、Kは、かっこいいと自分は思う。現代の日本では、恋愛がもてはやされており、人生において、何かの原則を大事にして生きていくということなど、そもそも意味がないかのように一般的には考えられるようになった。そうした中では、"道"と恋愛に対する軽蔑心の間でこのように迷うことなどないだろうが、Kのストイックな考えは、ある意味とても魅力的である。自分がお嬢さんなら、先生ではなく間違いなくKを好きになっていたと思う。小説の中では、お嬢さんがどちらを好きであったのか、触れられていない。自分は、Kであったと思うのが、お嬢さんの本心は、果たしてどっちであったのだろうか。

 いずれにせよ、本小説は、まさに国民人気No.1にふさわしい作品である。真に世界に誇れる作品ではないかと思う。

(完)

光太
公開 2011年5月14日

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