蹴りたい背中


「蹴りたい背中」   綿矢 りさ (著) (河出文庫) 2003年

評価: 75点


 この小説は、自分にはまあまあおもしろかった。

 この小説の、自分がよかったと思う部分は、主に冒頭から前半部である。
 主人公のハツの描写や内面の記述を通して、学校で、周囲の輪に積極的に入っていかない生徒の様子や考えていること、教師に対してのやや冷めた視点が非常によく表現されていた。こうした部分は、学校時代、周囲に積極的にとけこむような性格ではなかった人たち、多かれ少なかれ教師に対して同様のことを思っていた人たちにとってはかなり共感できる部分ではないかと思う。こういう描写ができるからには、作者もある程度、そういう傾向はあったのだろう。そして、この辺りの描写はリアルでなかなか秀逸だと感じた。
 また、ハツがアイドルオタクのクラスメートであるにな川の家に行く場面は、その展開に引き込まれた。

 ただ、個人的に納得いかなかったのは、ハツがにな川に興味を持つ点である。いくらクラスの中ではみ出しもの同士とはいえ、普通のクラスを想像すると、男子生徒の場合には少なくともクラスの1/3くらいの生徒たちはある程度はみ出していると思う。そうした中、よりによってアイドルオタクのにな川に対して、女の子がそんなに興味を持つだろうか、という違和感を自分は持った。アイドルオタクであっても、どこかに他の人にはない魅力的なところがある、というのであれば納得できるのだが、にな川には、そんな点はどこにも感じられなかった。
 ハツは、はみ出しもので他の女子クラスメートたちととけこめないとはいうものの、女の子としてある程度魅力的に思えるので、興味を持つ相手がなぜにな川なのかというところの疑問が引き立ってしまう。
 「いやいや、それは読み方が浅い。ハツが興味を持つ人物は、物語の趣旨から考えて、少しも魅力があったりしてはならなかったのだ。」という反論はありえようが、物語のテーマをとにかく設定して、それをともかく強引に成り立たせるべく、納得性を無視して非現実的なストーリー展開にするのはよくないと自分は思う。

 仮に百歩譲って、にな川にそういう興味がわいたとしても、(ハプニング的な衝動であるとしても、)にな川にキスすることは普通はありえないのではないか。クラスの日陰の存在に、(それが単純な好意か、それ以外の複雑な感情も含んだものかは別として)興味を持つことはあるだろうが、熱狂的なアイドルオタクで清潔感も全然ない感じの男の子にキスというのは、現実的に考えて極めて起こりにくいことのような気がする。

 普通の日常に対する作者の観察力と感覚、それをそのままリアルに文章にする作者の表現力は個人的には気にいった。文体も非常に読みやすいし、特に前半部では、学校時代の感覚がある程度リアルによみがえってきておもしろく読めた。

 芥川賞という言葉等から、何か文学的に深いものを期待して読んだ人々の中には、この作品には何のメッセージ性も哲学的思考も入っていないように見えるので、がっかりした人もいると思う。

 だが、この作品は、脱力して、息抜きに気軽に読める作品であり、作者には、少なくとも、学校の生徒の意識の描写などを非常にリアルに表現する力があると思う。

 ただ個人的には、にな川が蹴りたい背中の対象だったことにはやはり現実感は感じられなかった。

 ただ、この作品が結果として、普段もてない、最近特に多いオタク的な人々にとって、心地よい福音的な作品となり、作者のかわいらしい外見と相まって、作者のファンを増やすのには貢献したかもしれないと思う。

(完)

光太
公開 2011年5月2日

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